こんにちは!わせコマ編集部です。
この度、わせコマでは「才能あふれる早稲田生の輝く場所を広げたい」という思いから、「創作系サークル作品連載企画」を進めることになりました!
第一弾参加サークル
- 愁文会:4回連載
- 早稲田大学リコシャ写真部:3回連載
- 理工系学術サークルWathematica:3回連載
そして、今回は愁文会さんの第三回「回想、想起、訣別。」です!
「たくましい知性」がテーマの第3回。人間関係の上で、様々な事項を認知し、判断し、上手く進めていく能力も「知性」と捉え、大学生の青年が思いを巡らしていく本作。
是非一読ください!
愁文会様の連載予定
第1回:柏村悠『革命家の友』 テーマ:進取の精神
第2回:鵜川与太『イン・シーズン』 テーマ:学の独立
第3回(今回):加賀知巧『回想、想起、訣別。』 テーマ:たくましい知性
第4回:阿藤洛太『未定』 テーマ:しなやかな感性
◆愁文会とは
早稲田大学公認文芸サークル。同一テーマで短編小説を書いて読み合う【競作】や会員の作品を集めた【会誌『白紙』の発行・頒布】など経験問わず活動をしている。
回想、想起、訣別。
加賀知巧
ち‐せい【知性】
1 物事を知り、考え、判断する能力。人間の、知的作用を営む能力。「―にあふれる話」「―豊かな人物」
2 比較・抽象・概念化・判断・推理などの機能によって、感覚的所与を認識にまでつくりあげる精神的能力。
(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」より引用)
ドアが閉まる。閉まりかけて、開いて、「駆け込み乗車はおやめください」の声とともにきちんと閉まる。新宿駅発、夜九時の総武線各駅は、難なく席を見つけられる程度に空いていた。四角に切り取られた窓の外を夜の東京が流れていく。ドア脇に立った僕は、その様子を何を考えるでもなくぼうっと眺めていた。
一駅ごとに乗客は増え、そのうちに電車は御茶ノ水駅を通り過ぎる。ガラス越しの視界の中を聖橋が遠ざかっていく。僕はその優雅な橋脚を眺めながら、夕方の授業で扱った三島由紀夫の小説を思い出していた。全部で七つの橋が登場するその小説では、花柳界に伝わる願掛けに出かける四人の女性が描かれる。あの聖橋を渡っていた人々の中にも、願いを持った人がいたのだろうかと、小さくなっていった橋をみながら僕は思った。もっとも、小説の舞台は千代田区ではなく中央区なのだが。
千代田区を舞台にした小説といえば、志賀直哉の「小僧の神様」だ。あの小説の舞台は神田の秤屋だ。一年後期の授業で読み解いていた時には、やたら鮨が食べたくなったのを覚えている。印象的な末尾は作者の介入がはっきりと見える一文で、
「『残酷』って、どういうことだろうね」
──甦った声をかき消して、思考をさらに転がす。
志賀の小説だと、まだ「暗夜行路」が読めていないのが心残りだ。授業で紹介されていた、小説終末部、大山の夜明けの描写の美しさは圧倒的だった。夜と朝の狭間の空気感、日の出の光が空を照らす様。だから、読もう読もうと思いつづけて、そのまま一年経ってしまった。あの人が貸してくれると言っていたのに、結局借りられないままで──。
窓の外に目を移す。暗い川の水面が、電車が渡る鉄橋の下で静かに揺れている。思考がまたあの人のことに舞い戻ってしまったことに、僕はため息をついた。知識のリレーで思考を散らそうとしても、どうやら無駄なことのようだった。
その人は、一年の必修基礎演習で同クラスになった人だった。自由席の教室で、たまたま隣に座ったその人は、荷物を下ろしてすぐに文庫本を開くような、小説の好きな人だった。自己紹介でお互い上京組であることを知り、グループワークでその話しやすさを知り、授業後の雑談で家が近いことを知った。初回授業のお約束として連絡先を交換した人達の中で、後々まで連絡を取り続けたのはその人だけだった。
あまり自分について多くを語らないその人は、よく文学の話をしてくれた。僕も元々小説は好きだったが、お陰で多くの知識を得た。読んだ小説について、授業で扱った詩について、古本屋で手に入れた本について、共に話している時が、とても楽しかった。誰とよりも親しい繋がりがそこにはあった。と、僕は思っていた。
大学外に遊びに行ったり、レポートと共に戦ったり、そうしているうちに少しずつその人が自分のことを話してくれるようになって、いつからか僕は思い上がっていたのかもしれない。少しずつ、判断が雑になっていたのかもしれない。その人のことをもう十分よく知ったと、そう勘違いしたのかもしれない。知り合って一年が経つ頃、急に、そしておそらく僕のせいで、僕たちの関係にはささくれが増えたように思う。それは僕の返事の適当さであったり、言葉選びのミスだったり、向ける視線の強さだったり、表情の暗さだったり、そういう過ちの積み重ねのせいだったのだと思う。
そうして一ヶ月前。人との繋がりは切れるものなのだと、知った。
今でも分からないことは多い。あれほど近く、強くあった関係が、なぜ完全に切れるまで傷ついてしまったのか。一体どれだけの判断ミスが、そこにはあったのか。一体どれだけの浅慮で動いてしまったのか。一体どれだけ、僕はあの人を知らなかったのか。
いくら頭が良くたって、小説が読み解けたとて、人の心は読み解けないんだと、考えてみれば当たり前のことを苦々しく噛み締めながら、僕はただ暗い窓の外を眺めていた。
やがて電車は最寄駅につき、ドアが開く。
家に帰ればオンデマンドが待っている。読まなければいけない本も積み重なっている。もはや修正できない誤りはさっさと過去に置き去って、学徒である僕は知性を磨かなければならない。
日中の暑さとは裏腹に、まだ十分に涼しい夜風が吹き抜けるホームに降り立つ。発車ベルが鳴り響く。僕は一つため息をついて、家路へと一歩、足を踏み出した。
次回予定
第4回 阿藤洛太「アンゲルス・ノーヴス」
海沿いの街、閉業目前のショッピングモール。アルバイトの真子と、パートの宍戸さん。それぞれのモールへの思いと記憶が交差し、ショッピングモールに夜が来る。