愁文会×わせコマ 連載企画第一回「革命家の友」

コラム
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こんにちは!わせコマ編集部です。

この度、わせコマでは「才能あふれる早稲田生の輝く場所を広げたい」という思いから、「創作系サークル作品連載企画」を進めることになりました! 

第一弾参加サークル

  • 愁文会:4回連載
  • 早稲田大学リコシャ写真部:3回連載
  • 理工系学術サークルWathematica:3回連載

そして、記念すべき第一回は愁文会さんとのコラボで、短編小説「革命家の友」です!

大学時代に同じサークルで仲の良かった2人の対照的なその後の人生とは、、、是非一読ください!

愁文会様の連載予定

第1回(今回):柏村悠『革命家の友』 テーマ:進取の精神

第2回:鵜川与太『未定』  テーマ:学の独立

第3回:加賀知巧『未定』 テーマ:たくましい知性

第4回:阿藤洛太『未定』 テーマ:しなやかな感性

愁文会とは
早稲田大学公認文芸サークル。同一テーマで短編小説を書いて読み合う【競作】や会員の作品を集めた【会誌『白紙』の発行・頒布】など経験問わず活動をしている。

革命家の友

柏村悠

「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

 向井はそう言ってビールを呷り、結露に濡れたジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。

 自分の信念くらい、自分の言葉で喋れよ。そう言おうとして、やめた。俺も自分の言葉で喋れているのか自信がなかった。

「お前は本当につまらなくなった」

 向井の口からこの言葉が吐き出されるのは今日だけでもう五回目だった。しかし俺は最初からまともに言い返すことなく、わかったようるせぇなわかったよ、とあしらい続けていた。自分のことは自分が一番よく分かっているのだから、そういう末期患者みたいな諦観と、じゃあお前は俺より面白くてだから何なんだ、みたいな単純な苛立ちが交互にやってきて真摯に向き合うことが出来なかった。

 ジョッキを握る向井の手首には、思わず購入元を尋ねたくなるような独創的な腕時計が着いていた。服装についても、量産型のスーツの俺とはまるで対照的だった。襟がヨレヨレのカーキ色の麻シャツに、裏地が派手な赤のチェック柄になっている黒いジャケットだった。それらが「オシャレ」というべきものなのか、ファッションに疎い俺にはさっぱりわからないが、本人の拘りが強いのだろうことは誰の目にも瞭然だった。しかし、いかに「オシャレ」な向井といえども特徴的な天然パーマだけはどうにもならないらしく、もじゃもじゃの硬い毛髪は無造作に頭に乗せられている。俺はその頭を見ながら、昔、陰毛みたいだ、とすれ違いざまに向井をからかった酔っ払いが一瞬のうちにぶっ飛ばされ前歯を全部無くしたことをぼんやり思い出していた。

 向井はそんな大学生のときから十年経った今も全然変わっていなかった。今もあちこち、日本国内に留まらず海外にも気軽に飛んでいって仕事をしているらしい。俺は向井の仕事に関して詳しいことは知らない。尋ねれば何やら難しい横文字を使って熱心に説明してくれるのだが、その仕事内容も頻繁に変わるようで、いつ聞いても俺にはどうもよくわからないのだった。とにかく向井は「革命家」なのだと言う。それだけ分かっていればいい、と言う。

 向井が「革命家」を自称するのは今に始まったことではなかった。彼は大学時代、俺達が出会ったときからそう名乗って憚らなかったのだった。

「革命家なんて、そんなクサいことよく言えるな」

「何を言う。我々は日々より良いものへと進歩し続けなければならない。停滞は死滅なり!」

 当時から変わらずこの調子であった向井のことを、俺は表面上はいつも馬鹿にしていたが、彼と哲学やら文学やら政治やら、そういった思想・芸術の数々について論じ合うのは俺にとっても楽しみだった。大学生活において、俺達は同志だった。小心者の俺は心の中でこっそり、俺も向井と同じ「革命家」であると思っていた。現実のあらゆる「不完全」に憤慨して、「普通」を何よりも嫌い、よりよい世界を希求し理想を語らった。その時間は確かに楽しく、未来があった。俺達は「正しく」生きているのだとさえ思えた。

だがそれも一時の夢に過ぎなかったのである。現実の否定は当然現実にそぐわず、モラトリアムの終了が差し迫った俺は、敢え無く現実の前に膝を折った。つまり、俺は「普通」に就職し、かつて俺達がこき下ろした社会の歯車の一部となることを自ら選択した。そして数年後には大学の途中から交際していた彼女と結婚し、いつの間にか、父親などという肩書すらも得るまでになっていた。

 しかし、「膝を折った」と言ったが、それでも俺は後悔しているのではなかった。あのとき散々に見下して低俗のものとして扱っていた「普通」の「幸福」というものが、なぜ普通の幸福であるのかがわかるようになった。今、俺は確かに幸福だった。それなりの苦労が訪れることが分かっていながら人々が家庭というものを持つ理由は、動物の本能として繁殖を望んでいるからというだけでも、社会のそういった風潮に流されているからというだけでもないのだった。確かにそこには幸福があった。それに気づかず、いや、本当は、特に交際相手ができたときから、どこかで理解してはいたのだが、わざと目を背けてまるで自分だけが世界の真理に気付いているかごとき態度を取っていたのは若さ故の傲慢だったのである。あのときより大人になった俺は観念してそれを認めた。

「お前は決まりきった仕事や家庭なんて軛に自ら繋がれて、それでいいのか? 幸せなのか?」

 向井はかなり酔っていた。大学当時から変わらず、いや、むしろ余計に痩せた身体にはアルコールがよく染みるようだった。

「そうだな……お前から見たらつまらなかろうが、それなりに幸せなんだ。確かに退屈に感じることはある。でも、どちらの幸福を選ぶか。どちらを幸福とするか。どちらも『それなり』なんだから、自分で幸せと決めればそれでいいんだろう。というより、それしかないだろう。俺達は、やっぱり小さいんだ」

 向井はちらりと俺に視線を寄越して、実際つまらなそうな顔をして空になったジョッキに顔を戻した。

「酒追加するか?」

「いや、いい」

 俺は、「大学当時から変わらぬ」向井を見ながら、彼のプライドを傷付けまいと頭を巡らせた。別に同情したのではなく、ただ純粋な隣人愛であった。

「そういえば、お前もうすぐ誕生日だったろう。少し早いけど、またお前が海外に行ったりでもしたらなかなか会えないから、今日は早めの祝いとして俺が持とう」

「そうか、ありがとう」

 向井は顔を挙げて素直に礼を言った。俺の意図を読んでいないことはないだろうが、人の親切を無下にするような男ではないのだ。本当に「変わらない」向井の姿に、俺は安堵すると同時に小さな胸の痛みを覚えた。

「何か酒、頼むか?」

「ああ。日本酒がいいかな」

 メニューを開く向井を見て、俺は自分の中に向井への羨望があったことを静かに認めた。現状に満足することなくひたすらに前に進み続け、まさに我が道を征く姿は、自由で、勁くて、今後俺は「自分が向井のように生きていたら」と全く考えないことはないだろうと思われた。今も昔も、向井は俺の憧れだった。向井は俺がやりたくてもできないことを実行してしまう人間だった。

そして向井は今日、俺に変わらぬ羨望と、適切な諦めの確信をくれたのだった。

 会計を済まして店を出ると、散々飲み食いした向井が店先で煙草を吸っていた。子供が生まれてからずっと禁煙している俺は、向井の一服を大人しく待った。夜の繁華街と紫煙の相性は良い。全くもって綺麗ではないがどこか懐かしい匂いがしていた。

「終わったか。帰るぞ」

 向井は黙ったまま歩き出した。少し早足で俺の数歩先を歩いていく。

店々の喧噪から抜けきらないうちに、向井は握った拳を空に突き上げて突然叫んだ。

「停滞は、死滅なり!」

 近くにいた数人の視線が一斉に向井に向いた。俺は一瞬心を支配した羞恥の感情を強いて排除した。

あのときのまま、時間が止まっている向井に、愛情を覚えた。恥ずかしい、そう思いたくなかった。

 俺の酔いは夜風に晒されどこかへ連れ去られていた。しかしわざと泥酔したふりをして、自分も拳を掲げ、向井の肩を抱いた。

「停滞は、死滅なり! 幸福は……」

 向井の目が先を促す。

「幸福は、俺たちの影の中に」

 向井はニッと笑った。

次回予定

第2回鵜川「(学の独立)」

48歳の兼業主婦が、ひとり息子「学(まなぶ)」の東京の大学への進学をきっかけに自身の過去や親子の関係、大学での学びなどについて思いを巡らしていく。

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